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劇場版考察5:岡部が消えた理由について(後編)

前半より

さて、後半に入ります。後編も長丁場です。
前半で岡部のクオリアが移動することについて考察したわけですが、ではなぜ岡部の肉体までもが消えたのかについて進めていきたいと思います。
まず今回の考察を進めていく上で、本編にはない前提を2つ設定していく必要があります。

1、個人のクオリアは全世界線、全時間軸において同時に存在できるのはひとつである
2、哲学的ゾンビは存在できない


1については、本編で明言されていないけれども、時間遡行物では無くてはならない条件のひとつであるといえます。
まずクオリアについて、これまで分かりやすく便宜上、自己意識と定義してきましたが、実際には少し違います。分かりやすくまとめているサイトがあるのでこちらをご覧ください。

哲学的な何か、あと科学とか:クオリア

さて、この自己意識を仮にひとつと限定しなかった場合を考えてみましょう。
まず1つ目は、時間別に複数の自己意識が存在する場合
例えば、本編の道筋をたどった岡部のほかに、一番最初の0.000000%を生き抜いた岡部や、βでの執念さん、SG到達前に本編岡部が見守った、これから3週間を経験する予定の岡部などが、それぞれに自己意識を有していた場合にどうなるのか
分かりやすい例で言えば、βの未来からムービーメールを送った岡部(以下執念さん)にクオリアが存在した場合、執念さんにとっての世界線変動時期は、ムービーメールを送った瞬間、又は、執念さんが死亡後ダルがタイムマシンで鈴羽を送り出した瞬間(その世界線での干渉の最終点)であるため、RSにより執念さん視点では、執念を抱えたまま、本編岡部が体験したはずのSGでの平穏な記憶を持たずにいきなりSGに放り出されたことになります。これだけ見れば執念さんが辛い思いをすれば済むわけですが、それだけでは終わりません。そのSG線では本編岡部が2010年に居るため、その岡部は2025年又は2036年に執念さんの上書きによりクオリアの消滅が確定します。そして、他の岡部は執念さん以外にも無限に存在します。SGにたどり着く時間帯の岡部が限られるとしても、SGにたどり着く前の世界線では様々な時間の影響を受ける可能性があるわけで、クオリアが複数存在することでその危険性が高くなってしまうのです。

実際、上記の問題が発生していたとしても、単に岡部一人が突発的に記憶異常や錯乱を繰り返し意味不明な言動を行う精神異常者と思われるだけなので、はたから見れば今までどおりでしょうし、岡部自身の幸せをを切り捨てるのであれば大した問題ではありません(いや私情でみれば大した問題ですが)。

2つめは、世界線別に自己意識を持つ場合
つまり、世界線1つ1つの各意識は独立していて、他の世界線の自分はあくまで同じ分子配列の体をして、同じ性格・行動原理を持ってはいるものの、意識を持つ本人からすればあくまで他人であるという状態です。クローンをイメージすればわかりやすいと思います。
世界線がXからYに変わると、岡部Xの記憶が岡部クローンYに引き継がれます。アクティブ世界線の設定に沿えば、役目を終えた岡部Xは世界線Xごと消滅、その先どうなったかもわからず意識は殺されます。
そして岡部Yは、Xから貰った記憶を元に自分は岡部Xだと思い込み、次の世界線Zの岡部クローンZに記憶XYを送ることを目標に行動します。その瞬間が岡部Yの寿命であるとも知らずに。
まあ何を言いたいのかというと、これを認めてしまうと、実際は誰も救われていないという結論に達してしまうので、支持したくないということです。ええ、私情です。
上記の説明でもいまいち分かり難いという方は以下のサイトの、どこでもドアの思考実験を見てください。

哲学的な何か、あと科学とか:思考実験

のびたの葛藤に共感できれば上記の問題の重要さが理解できると思います。逆に、ドラえもんの主張を支持する場合には、自己意識は世界線別に存在しても何も問題はありません。

次に前提2に移ります。
『哲学的ゾンビは存在できない 』

まず、
哲学的ゾンビ?なにそれおいしいの?
と思う人が大半だと思います。
下記のサイトに分かりやすくまとめられています(今回こんなのばっか

哲学的な何か、あと科学とか:ゾンビ問題

読むのがめんどくさい!という人に一言で説明すると、意識・心・クオリア、どんな言葉で表してもいいですが、それらがない人のことを指します。普通の人となんら変わらない分子構造、身体機能、脳構造、記憶をもって、なんら変わらない会話、行動、生活を行っているのに、唯一、【心】がない存在、超高性能の人工知能を搭載した、有機物でできたアンドロイドとでもいいましょうか。

人は、心がなくても何不自由なく存在し、生活することが出来るのです、が、なぜ今回こんな前提を設置する必要があったのか?
それは前提1にあげたように、意識は同一人物間で常に1つでなければならない場合に、アクティブな世界線が移動したとき、他の世界線に意識が取り残されてしまっても哲学的ゾンビがいれば、ゾンビだらけの世界として成り立ってしまうわけです。
そしてそれを今回の劇中の状況に当てはめてみましょう。
岡部の意識がSGからRへと移動した瞬間、岡部の存在は存在しなかったことになりました。ではなぜ、そこに抜け殻ともいえる岡部が残らなかったのか?
つまり、心がRへ移動→心は複数存在できない→SGの岡部は哲学的ゾンビ→ゾンビは存在できない→消滅となるわけです。
そしてRの岡部視点で見ると、
岡部以外の心はSGにある→Rに心を持った固体は岡部しか居ない→ゾンビは存在できない→岡部以外消滅という、あの表札の無い、誰も居ない世界として映るわけです。

今回は仮説も含め、なかなかに証明の難しい上にとても長い考察になりましたが、いかがでしょうか?
正直こじつけ感は拭えないとは思いますが、今現在の私の頭で考えられるもので可能な限りつじつまが合うものとしてまとめさせていただきました。

最後に蛇足になりますが、この世界に岡部並みのRSを持った人物が現れなかった理由として1つの仮説を立てました。
岡部は本来RSを体験した段階で、現在の世界の違和感により初期の時点で世界に留まれなくなる可能性が高い状態になるはずが、偶然にも『Dメールによる過去干渉の影響』という自分自身を納得させるための解が身近にあったことにより、ぶれることなく存在することが出来ました、が、そのほかのRSもちの人が理由も分からず世界の違和感にさらされ続けたらどうなるか?劇中の岡部のように単独で他の世界線に迷い込むか、アクティブ世界線に留まれたとしても統合失調のような精神障害として、表舞台に立つことがないまま存在するだけになってしまうでしょう。
彼らこそが、真の意味での過去改変による隠れた被害者といえそうですね。

また、蛇足2として、エンジェルラダーでまゆりが消えそうだと岡部が感じたとき、おばあちゃんの死を現実のものとして認識できなかったまゆりが、現状の世界線の違和感を覚えてまさにこの世界線から消滅しかけたところを岡部が引き止めた、と思うのは少しロマンチックでしょうか。
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[ 2013/05/06 04:09 ] 劇場版(デジャヴ) | TB(0) | CM(0)

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